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第二次世界大戦下の最大人口

戦時下の呉市は、日本海軍の一大拠点(呉鎮守府・海軍工廠)として全国から労働力と軍関係者が集結し、**1943年(昭和18年)から1944年(昭和19年)にかけて最大で「40万人超(約40万〜41万人)」**に達しておりました。

当時の日本国内でも屈指の巨大都市でありましたが、海軍の解体や度重なる空襲の影響により、終戦直後の1945年末には約15万人にまで激減するという、極端な盛衰を経験しております。

1980年から今日までの人口推移

1980年(昭和55年)以降の国勢調査等に基づく人口推移(現在の市域に相当する合算値)でございます。2000年代の「平成の大合併」による周辺町村(川尻、音戸、倉橋、蒲刈、豊、安浦、豊浜)の編入分も遡って含まれた実質的な推移となります。

年次人口備考
1980年(昭和55年)302,766人国勢調査
1990年(平成2年)280,429人国勢調査
2000年(平成12年)259,224人国勢調査
2010年(平成22年)239,973人国勢調査
2020年(令和2年)214,592人国勢調査
今日(近年推計)約 19万〜19万5,000人自治体推計人口

御覧の通り、1980年には30万人規模を維持しておりましたが、造船・鉄鋼をはじめとする重厚長大産業の構造変化や、全国的な少子高齢化の波を受け、一貫して減少の道を辿っております。

都市の盛衰は、時代と産業のうねりを如実に映し出す鏡にございます。