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呉の歴史4 奈良時代~平安時代 鎌倉時代から南北朝時代 1 year ago
奈良時代~平安時代 八世紀~元暦(1185)
安芸の国に遣唐使船の建造が命じられた。世は平城京の時代。当時の船舶技術を大いに進化させることになった遣唐使船だが、一番最初に命じられた人は「おいおい、無理言うなよ」と思ったに違いない。
倉橋桂浜に行くと遣唐使船の復刻船が間近でみることができる。
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この頃の呉といえば「島嶼部と沿岸線」の開発が進んでいたと思われる。呉浦。矢野浦、江田島、波多見島、倉橋島、蒲刈島などが国の徴税区、すなわち金づるになったようで、人がたくさんいて賑わっていたことが想像できる。

呉浦の開発領主「呉氏」が「呉別府」を開発した。呉さんといえば、考えられるのは中国、韓国からの渡世人だったのかな?「呉」という文字自体が中華人民共和国を連想させるが、そのへんは各々の想像に任せるしかない。

それにしても、「呉」という地名がついたのは、この辺の時代だと思われる。


鎌倉時代から南北朝時代 建仁(1202)~正平(1368)
いいくにつくろう鎌倉幕府の鎌倉時代。

吉浦に妙蓮寺建立。焼山に円福寺建立、いよいよ日本中に仏教が広がり呉市もその煽りというか影響を受けている。

世は南北朝廷が統一。呉では蒲刈・倉橋を支配下においていた多賀谷氏が蒲刈島を没収される、とある。やはり元々は蒲刈と倉橋は近しい関係にあったようだ。

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